家を見るとき、私はたいてい門の前でしばらく立っています。
お客さんはだいたい一声かけてこられます。開いてますよ、どうぞ。何か算えているのだと思っておられる方もいます。違います。立って幾つか見ているだけです。門の前に段があるか、扉はどちらを向いているか、開けたとき目が最初にどこへ落ちるか、足はどちらへ出すことになるか。
これだけ立っていれば、家の中の不具合の大半はもう見当がついています。
「気口」とはどういう意味か
名前は玄妙に聞こえますが、実際のところは使用頻度の問題です。一日に四、五回はここを通ります。一年で千回を超える。宅配も、訪ねて来る客も、喧嘩して扉を叩きつけて出て行くあの人も、通るのはここです。
清代の『陽宅三要』は門、主、竈を三要とし、門を筆頭に置きます。私はこの並べ方に賛成ですが、理由はまったく玄妙ではありません。ここが不具合だと、一日に何度もそれに出くわすからです。
入って三歩
まず緩衝の話から。
扉を押したら、人は小さな場所に足を止められなければなりません。鍵を置き、鞄を置き、靴を脱ぎ、傘をしまい、家の者に一声かける。それだけのことに、一平方メートルほどの場所と、灯り一つと、物を置ける平面が要ります。
シドニーの古めの一戸建てには、この場所がたいてい残っています。前にポーチがあり、入ると廊下があり、両側に寝室の扉。この手の廊下は暗いと嫌われますし、実際暗いのですが、扉の向こうに緩衝があること、そこが肝心です。まずいのは後から改装したほうです。前の壁を抜いてオープンにすると、扉を押した人はいきなり居間の真ん中に立つことになり、ソファに座っている人が顔を上げるとまともに目が合う。三年五年住むと、帰宅というのがどこか居心地悪くなってきます。なぜかは言えません。あの壁のせいだとは、たいてい思い当たりません。
マンションではもっとよく見ます。二部屋の間取りの多くは、扉を開けると居間の隅で、向きを変える場所すら残っていません。
この一条はいちばん直しやすくもあります。奥行き六、七十センチの低い棚を横向きに置く。あるいは玄関の敷物で足を置く場所を区切る。頭上に暖かい色の灯りを一つ補う。数万円の話です。
扉がどちらを向くか
二つあります。扉の向きと、扉板がどちら側へ回るか。
向きの層はオーストラリアでは本国と逆です。北が陽の側なので、玄関が北を向いていれば、冬は日がポーチに当たって、その小さな一画に立つと体ごと暖かい。西向きの扉は午後三時を過ぎると扉板が熱くなり、二月に開けるとまず熱気が押し寄せます。日除けを一つ付けるほうが、家の中で何をするより実があります。これは形法の層で、太陽についていくものなので、南半球では裏返して読まなければなりません。
扉板がどちらへ回るかは、考えたことのない方がほとんどです。オーストラリアの住宅の玄関はまず内開きで、外にもう一枚、網戸か防犯扉が外開きで付きます。蝶番が左か右かで、押して入るときに扉板が隠すのはどちら側かが決まります。隠された側は最初は見えず、二歩入ってようやく開けます。廊下側を隠すのか居間側を隠すのかで、入ったときの感じはずいぶん違います。
これは直せます。大工仕事で半日、扉枠の蝶番と錠の穴を反対側に移すだけです。直す前に、扉の裏にスイッチがないか、棚が当たらないかを確かめてください。
開けて何が見えるか
この層になると口訣が一気に増えます。よく出くわすものをいくつか。
玄関から裏口まで一直線に通る長い廊下。 いちばん典型的なのはインナーウエストのテラスハウスとセミです。廊下がまっすぐ玄関から奥の台所まで貫いていて、裏口を開けると前後が抜ける。民間の口訣ではこれを穿堂と呼び、言い方がかなりきついので後半は書きません。
住まいの話に落とすと二つです。一つは風。シドニーの夏の午後の北東風が入ってくるのは気持ちがいいのですが、一直線の風道があるということは、その線上のどこも静かでないということです。紙は飛び、扉は勝手に閉まり、七月に南風が立てば廊下の冷たさは外より応えます。もう一つは、この廊下が純粋に通路でしかなく、家の真ん中のいちばん良い帯状の面積を占めて、何にも使えないことです。
直し方は塞ぐことではありません。塞げば奥がこもります。廊下の途中に物を置いて直線を断つ。細いサイドボード一つ、腰までの高さの鉢植え一つ、腰高の仕切り一枚でよく、人が通る七、八十センチは残します。裏口のほうに厚手の暖簾を一枚下げるのも効きます。
扉が階段に正対している。 オーストラリアでこの二十年に建った二階建てのプロジェクトホームは、間取りがほとんど一つの型です。入るとエントリーがあり、階段が真正面か少し寄ったところにあって、扉を開けると階段一式が正面に来ます。
口訣は上りと下りを分けて言います。上りの階段は、門から入った気が直に二階へ持ち上げられ、一階に聚まらないと言う。下りの階段(半地下や傾斜地の家の下階)は、気が下へ漏れると言い、これを巻簾水と呼んで厳しく言う先生もいます。巻簾水はもともと形法で水を言う語で、屋内の階段に持ってきたのは後の人の借用です。業界で皆が認めているわけではありません。
この一条は、私は据わりが悪いまま断じています。上りと下りのどちらがより厄介かは、言う人によって違いますし、自分が手がけた案件の中にも安定した差は見えていません。見えるのは別のことです。入った途端に視線が二階へ引き上げられ、一階の共用の空間が感覚のうえで一枚削られる。もう一つ、玄関と階段の入口が重なり、家族がこの一画で行き交う。小さいお子さんのいる家では、もともと気をつけたい場所です。上りと下りのほうは、理由を言えません。
ですから助言も、見えるほうの半分から入ります。扉と一段目のあいだに距離を置き、サイドテーブルか敷物で二つの動作を分ける。階段口の灯りは十分明るくする。口訣のほうの半分については、これは流派でこう言われていることです、どれだけ重く取るかはご自分で量ってください、とお客さんに申し上げます。
扉を開けると手洗いが見える。 現代の二階建てのパウダールームは階段下か玄関脇に置かれることが多く、扉を開けると正面に来ます。口訣が言うのは「門を開けて厠を見る、穢気人を衝く」という一路です。この一条に玄理は要りません。匂い、湿気、そして客が入って最初に目にするのが便器だということ。やることも語るほどのものではなく、その扉を常時閉めにし、換気扇を直し、数千円の自動で閉まる蝶番を一組つける。
もう一つは扉が塞がれている場合。 玄関前の植え込みが伸び放題で三年誰も刈っていない、門灯の電球が二年切れたまま、番地が蔓草に覆われている。これは半分が気口の話で、半分は常識です。宅配の人が路上でしばらく探さないと分からない家というのは、その扉が暮らしの中でもう重みを失っているということです。
シドニーにはもう一条
ここまでは共通の話です。オーストラリアにはもう一条、本国の口訣にないものがあります。
こちらでは大量の家で、家族が玄関をまったく通りません。
車がドライブウェイを回って側面か裏庭のカーポートに着き、降りて脇の扉を押す。あるいは洗濯室の扉から入る。そうしているうちに玄関は形ばかりのものになり、年に数えるほどしか開かず、鍵束にその鍵が付いていないこともあります。呼び鈴を押すのは、たいてい宅配か布教の方です。
では気口はどこか。毎日実際に通っているその扉です。
私は実際の入口のほうで見て、玄関は形式上の正門として別に扱います。脇の扉のあたりは門口として手入れをする。灯りがあり、鍵と靴を置ける場所があり、床に園芸道具や潰れた段ボールを積まない。多くのお宅で、あの一画は家じゅうでいちばん散らかっています。心のどこかで、そこを家の顔だと思っていないからです。
玄関のほうも放っておいてよいわけではありません。番地の在り処であり、住所が実物に落ちる点です。そこが壊れたままではいけません。呼び鈴が鳴り、灯りが点き、錠が渋らない。どのみち直すべきものです。
直せるものと直せないもの
門という場所の有難いところは、不具合の大半が構造に触らずに済むことです。
構造に触る場合もあります。扉の位置そのものが良くないとか、入ったところの一画がどうしても捻り出せないとか。そうなると本当の工事です。一戸建てで耐力壁に手を入れるなら、ニューサウスウェールズでは DA か CDC を通し、登録構造技術者の図面と署名も要ります。マンションで共用部分か構造に触るものは、まずストラタを通します。問い合わせるだけでもしばらくかかります。この手のものは先に費用をはっきり申し上げます。計算し終えると多くの方は折り合いをつける道を選ばれますし、その道でもともと十分です。実際に手を入れられるか、どの手続きで進めるかは、登録構造技術者と、お住まいのカウンシル、ストラタマネージャーの回答に従ってください。
器物を買う必要はありません。私が出すものの中でいちばん高いのは、たいてい靴箱一つです。