シドニーで仲介に家を案内されると、最初の一言がよく north-facing で、しかも長所を告げる口ぶりです。
本国で育った方はこの言葉を聞くと、たいてい一瞬止まります。頭の中にある決まりが坐北朝南なので、北向きといえば陰を背負うこと、家の中に一年じゅう日が入らないこと、になってしまう。
この直感は北半球では当たっています。ここでは、徹底的に外れます。
ただ、この数年でもう一つよく聞く言い方も当たっていません。南半球の風水は丸ごと裏返すのだ、という言い方です。丸ごとではありません。裏返すのは一層だけです。
あの口訣は、それが成り立つ理由を省いている
中国の主な人の住む帯は北緯三十度から四十度台にあります。この緯度では太陽が一年を通して南に寄り、北へ行くほど寄り方がきつくなります。北京の冬至の正午の高度角は二十七度に届かず、光は南から斜めに家の中へ流れ込みます。ですから南に窓を開ければ冬は日が座敷の奥まで届き、夏は太陽が高いので軒を少し出せば遮れます。
これは採光と受熱についての、ごく素朴な規則です。厄介なのは、それが四文字に圧縮されて伝わるときに、太陽のほうの半分が省かれて「坐北朝南」だけが残ったことです。省かれたほうの半分こそが、それが成り立つ理由でした。
シドニーでは
シドニーは南緯三十四度に少し足りないあたりです。太陽は一年を通して北に寄り、六月の正午の高度角は三十二度を少し超える程度、十二月はほぼ頭上に来ます。
ですからここでは北向きの居間と裏庭は一年じゅう光があり、南面には正午の日が当たりません。十月から三月までの半年だけ、早朝と夕方に南寄りの東と西の両端から太陽が掠めて入る時間がありますが、角度がひどく低くて遮ることもできません。地元の不動産広告が north-facing を売りにするのはそのためで、玄学ではなく、勘定が合うからです。
冷たい風も向きが入れ替わっています。シドニーの冷気は南と南西から来ます。南大洋と南極の方角です。北西風は熱く、夏は火災の危険を連れてきます。夏の午後に北東から上がってくるのは海風で、涼しい。この一式が中原の経験と正反対です。
裏返すのはどちらの半分か
私の一路のやり方は四文字です。天星は変わらず、地理卦が変わる。 分けると三層になります。
形勢は裏返しません。 龍の起伏、砂の抱き方、水の来去、明堂の開き具合——見ているのは形です。玉帯が腰を巡るような水は、シドニーでもやはり玉帯が腰を巡っていますし、反弓はやはり反弓です。山が門前にのしかかっていれば、どちらの半球でものしかかっています。形の判断は半球が逆になっても変わらないので、この層はそのまま持ってきて使えます。
天星も裏返しません。 三元九運は天の気運で、世界で同じ運です。今はどこも九運、二〇二四年から二〇四三年までです。星は天のもので、こちらが赤道のどちら側に立っているかを見てはいません。
羅盤も裏返しません。 地磁気の水平成分は南半球でも同じく北を指すので、二十四山の度数はそのまま読みます。この点がよく「南半球では逆の羅盤を使う」と誤解されますが、そうではありません。
裏返すのは後天の地理卦です。
後天の配当が、なぜ実際についていくのか
後天八卦は何もないところから並べたものではありません。離を南に、坎を北に配る根拠は地上の実際です。中原は南方が炎えて火に属し、北方が寒くて水に属する。震を東に、兌を西に配る根拠は日の出と日の入りです。この配当は、天の理を一度地に落とした落とし方であり、落とすときの参照は、その土地の寒暑と日照でした。
南半球では実際が逆になっています。北が熱く、南が寒い。ですから配当も実際についていき、南北の二宮が入れ替わり、四隅もそれに従い、東西は動きません。
| 卦 | 北半球 | 南半球 |
|---|---|---|
| 離 ☲ 火 | 南 | 北 |
| 坎 ☵ 水 | 北 | 南 |
| 巽 ☴ 木 | 東南 | 東北 |
| 艮 ☶ 土 | 東北 | 東南 |
| 坤 ☷ 土 | 西南 | 西北 |
| 乾 ☰ 金 | 西北 | 西南 |
| 震 ☳ 木 | 東 | 東 |
| 兌 ☱ 金 | 西 | 西 |
震と兌が動かないのは、地球の自転の向きが両半球で同じで、太陽が変わらず東から昇って西へ沈むからです。二月の午後五時、西側の煉瓦の壁のそばに立つと、腕一本ぶん離れていても壁が熱を放っているのが分かります。西日についての口訣の数々は、そのまま使えます。
節気も入れ替わる
同じ理屈を先へ進めると、二十四節気は名目が変わらず、当てはめ方が入れ替わります。シドニーの十二月は夏至のあたりとして算え、六月は冬至として算えます。これは暦を改めるのではなく、ここの寒暑がもともと中原と逆に進んでいることを認めるだけです。
用に落とすと、択日で見る旺相休囚も、五行の季節による強弱も、その土地の季節で算えなければなりません。本国の通書をそのまま持ってきてオーストラリアの日取りを並べる方がいますが、出てくる旺衰は丸ごと間違っていて、しかも整然と間違っているので、ぱっと見では分かりません。
羅盤についてもう一つ、はっきりさせておくこと
羅盤が読むのは磁方位で、伝統的にも磁針で断じてきました。それ自体に問題はありません。ただシドニーの磁気偏角は十二、三度あります。二十四山は一山が十五度ですから、磁北と真北は一山ぶん近く離れていることになります。
建築士や仲介と向きの話をするとき、相手の言う北は真北です。混ぜて話さないでください。この一条は半球とは関係がなく、北半球にも磁気偏角はあります。ただ、二つの北を混ぜて使っていることに気づいていない方が多いだけです。
そのまま持ってきた場合にどうなるか
いちばん多く見てきたのは、本国の結論一式をそのまま持ってきた例です。採光の申し分ない北向きの主寝室が背陽と判じられ、お客さんがお金を払って寝室を年じゅう冷える南面へ移してしまう。裏庭が北向きで一年じゅう布団が干せる家が、気が聚まらないと言われてしまう。
新しい区画の、数十戸が一列に並んで間取りも坐向も同じというような場所では、問題がもっと隠れます。北半球の作法で一度並べれば、盤面はそれらしく見えます。ところが実際には逆で、地理卦の層が最初から違っているからです。
私がまだ決めきれていないところ
後天の配当を入れ替えたあと、九宮の上で具体的にどう運ぶのか。この層はこの稿では広げません。やり方に家ごとの違いがありますし、私自身まだ照らし合わせている最中です。別の稿で書きます。
もう一つ、業界には一式まるごと逆に並べる先輩が確かにおられます。坐向を入れ替え、星も逆に飛ばす。理由は南半球の天象が全体として鏡像だから、というものです。この言い分に根拠がないわけではありません。ここで見上げるのは南の天で、北極星は一年じゅう地平線の下にあり、方位を見分けるのは南十字ですし、太陽の一日の見かけの動きも反時計回りです。私はそうしません。私の分かれ目は天と地のあいだにあります。星は天にあるので人が半球を移っても付いてきません。卦は地に落ちるので、地上の実際を認めなければなりません。
ただ、自分が必ず正しいとまでは言えません。形勢と理気がぶつかったときは形勢を採ります。形勢の層は触れるし測れるからです。